オットマニアな主婦のブログ

オスマン帝国外伝にどハマリしたオットマニアな主婦の独り言です。(注意:ネタバレありですので、本編を観てから読んでください)

オスマン帝国外伝で気になったもの ロードス島騎士団とジェム大叔父

メフメト2世以来の悲願であったロードス島攻略に乗り出したスレイマンが戦ったロードス島騎士団こと「聖ヨハネ騎士団」はスレイマンの大叔父ジェムの子孫を「捕虜」にしていました。

しかしロードス島を手中に収めたスレイマン達は、ジェムの子孫であるムラトの一族がキリスト教に帰依していて、帝国に対して敵意を持っていることを思い知らされるのです。

 

聖ヨハネ騎士団とは?

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聖ヨハネ騎士団は、聖地を守る騎士団として設立されました。もともとはエルサレムの聖ヨハネ修道院の跡地に建てられた病院を兼ねた巡礼者の宿泊所を運営する修道士により結成された騎士団です。

そのため「ホスピタリティ騎士団」とも呼ばれています。

エルサレムが陥落した後も、トリポリやアッコンで戦いを続けたものの、最後の砦アッコンを追われ、キプロスに逃れました。

その後は戦いと称してイスラム教徒を相手に海賊行為を続けていましたが、騎士団が自国にいることに危機感を持ったキプロス王の意向で当時東ローマ帝国領だったロードス島を奪い、そこに拠点を移すことになり、それ以降は「ロードス島騎士団」と呼ばれるようになりました。

 

 

オスマン帝国との戦い

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ロードス島は1480年にメフメト2世の攻略を受けましたが、騎士団はロードス島を死守しました。

しかし1522年にスレイマン1世により攻め落とされ、ロードス島騎士団はロードス島を立ち退き、シチリア島に移りました。

 

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聖ヨハネ騎士団

 

ジェム大叔父

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ドラマ内では、ジェム大叔父の子孫を引き渡すよう迫ったスレイマンを暗殺しようとしたジェムの子孫ムラトが登場しました。

ジェム大叔父はメフメト2世の息子で、スレイマンの祖父バヤジット2世の弟です。

ジェムはメフメト2世の死後、バヤジット2世と玉座を巡って争った末に敗北し、ロードス島に身を寄せたのですが、史実ではフランスに送られ、その後はローマに留め置かれ、そこで亡くなりました。

バヤジット2世は、帝位を狙える存在であるジェムをフランスに留め置くよう依頼し、そのために多額の「身代金」を払い続けていたといいます。

 

なお、ジェムは改宗しませんでしたが、その息子はキリスト教に改宗したようです。

(ドラマに登場したムラトとその一族はキリスト教徒になっていましたね)

キリスト教徒になったジェムの子孫は、サング公としてヨーロッパ貴族としての待遇を受けている上、イスラム教徒ではないのでオスマン帝国の皇帝にはなれません。

彼らはスレイマンにとって脅威ではなくなったので、無理に連れ帰る必要性が無くなっていました。

ドラマ内ではジェムの子孫たちはオスマン帝国を憎んでいて、スレイマンを暗殺しようとしましたが、イブラヒムがスレイマンを庇ったため、未遂に終わりました。

ジェムはスレイマンの祖父バヤジット2世に帝国を追放されたので、その恨みを子供に語っていたかもしれません。

(なお、史実としては、反乱を起こしたジェムの息子たちは、一人を除いてバヤジット2世に処刑されています)

 

 

いかがでしたか?ムラトによるスレイマン暗殺未遂事件はドラマの創作のようですが、国を追われた彼らがスレイマンを憎んでいても不思議ではありません。

このような事件が起こる可能性があるので「兄弟殺し」が合法化されたのでしょう。

また、ロードス島騎士団は、シチリアに渡った後、マルタ島に移り、マルタ島騎士団として現在も存在し、一部の国からは「国」として承認されていて、国連のオブザーバーとして、国に準じる扱いを受けているといいます。

オスマン帝国は滅んでしまったのに、「マルタ島騎士団」はまだ健在だというのは、興味深い話です。しかも「国」として見ている国もあるというのがすごいですね!

「領土を持たない国」という考え方は、私には新鮮でした。

世間にはまだまだ知らないことが多いのだと驚嘆している今日この頃・・・。