スレイマンの大抜擢により、小姓頭から大宰相になるという異次元大出世を成し遂げたイブラヒムは、当然ながら他の高官から激しい反発を受けました。
それは「慣習」で決まっていた序列を破壊したスレイマンへの反発でもあります。
スレイマンが壊した「慣習」その1 序列を無視した人事
序列を無視した人事は、高官たちに大きな衝撃を与えました。ドラマでも、自分が次の大宰相だと思っていたアフメド・パシャが、反乱を起こしてイブラヒムに討伐されるという事件が描かれていました。
官僚組織がまだ未熟な時代には、皇帝が気に入ったものを一本釣りのように大抜擢することも珍しくないと思いますが、それにしても軍事経験のない「小姓頭」を大宰相に抜擢するというのはかなり思い切った人事でした。
勿論、スレイマンはイブラヒムが優秀だとわかっていたので大抜擢をしたのでしょうが、古参の高官たちから見れば何の実績もない、見知らぬ若造をいきなり重用するというのはあり得ないことでした。
そもそも、イブラヒムはそれまでに軍事経験があったのかということも疑問視されていて、一度も軍を率いたことがないものがいきなり軍の最高司令官になれるかという問題があります。
このような人事をするスレイマンに対して、高官たちは不安を感じたのではないでしょうか?
イブラヒムがいた時は、その憎悪はすべてイブラヒムに向けられていたように思えますが、イブラヒム亡き後は、徐々にスレイマンに向けられるようになった気がします。
シーズン4でムスタファ皇子を擁立しようとしたピーリーらのような動きは、その辺も関係しているのかもしれません。
スレイマンが壊した「秩序」その2 異例の正式婚姻
それまでの皇帝は、政略結婚を除いては「正式結婚」はしていませんでした。
それは後宮にいる女性が皆「奴隷」身分であったため、対等な関係を持つことはなかったからです。
しかし、スレイマンはヒュッレムを奴隷身分から解放し、「正式結婚」をしたのです。ドラマにおいてはヒュッレムがスレイマンに「正式結婚」を迫ったことになっていますが、実際はどうだったのでしょうか?
閨で交わされた会話までは記録に残っていないため、本当のところは分かりませんが、ヒュッレムが自分と対等であることを内外に示すためにスレイマンが自ら決定したのかもしれません。いずれにしろスレイマンがヒュッレムを特別視していたことは間違いありませんが。
それまでの妃は、あくまでも奴隷ですから海外諸侯と対等にやり取りをすることなど考えられませんでしたが、正式結婚していたことで「皇后」として一目置かれることになり、その結果としてポーランド王と書簡をかわすことが可能となりました。
スレイマンが壊した「秩序」その3イスラムの長老人事
「イスラムの長老」人事は神聖なもので、たとえ皇帝でも解任できないことになっていましたが、スレイマンは自分に都合のいいエブッスード師を任命するために前任者に辞任を迫り、エブッスードを任命したように見えます。(ドラマではリュステムが画策したことになっている)
エブッスードはイスラム法と現行法を調整して古い法律を整理して当時の世情に合わせたものに作り替えました。
スレイマンは「立法者(カヌニ)」という異名を持ちますが、その「立法者」たるゆえんは、エブッスード師によるものが大きいのです。
スレイマンが断行したこれらのことがスレイマンの死後、うまく機能して凡庸なセリム2世でも皇帝が務まるようになったので、今思えばこれらの事は間違ってはいなかったといえますが、当時の人たちにはなかなか理解されなかったでしょう。
もしかしたらスレイマンは後世無能な皇帝が登場してもいいように大ナタを振るったのかもしれません。そうだとすると、旧勢力が肩入れしていたムスタファ皇子を排除したのは必ずしもヒュッレム「だけ」がムスタファ皇子を排除しようとしていたわけではなく、「すべてはスレイマンの考えだった」という結論になってしまいます。
果たして実際はどうだったのか、それを知るすべはありませんが、私としてはスレイマンがヒュッレムに惑わされたのではなく、自らの意思ですべての事を行ったのだと信じたいです。そうでなければ「壮麗帝」の名が廃ると考えています。